賃貸か購入か――消費者意識と市場構造の転換点
執筆:清水大悟(清水英雄事務所株式会社 代表取締役/住生活産業コンサル)

「賃貸か購入か」。
住宅・不動産業界に携わる人間にとって、永遠のテーマのようにも聞こえます。
しかし2025年以降、この問いは単なるライフスタイルの選択ではなく、産業構造の変化そのものを映す鏡になりつつあります。
消費者の価値観が変化する中で、事業者側も“得の構造”を読み替える必要が出てきています。
消費者価値の変化:「所有」から「更新」へ
ライフプランの多様化、働き方の変化、そして住宅制度の見直し。
これらが重なり、住まいに対する価値観は「所有」から「更新」へと移り始めています。
特に単身・DINKS層を中心に、“自由・柔軟性・変化に合わせて住み替えられる安心感”が重視される傾向が顕著です。
賃貸市場でも、防災・省エネ・IoTを取り入れたレジリエンス対応型マンションを商品化するメーカーが登場しており、
「賃貸=一時的な住まい」という従来のイメージはすでに過去のものになりつつあります。
これからの賃貸は、“安心して住み続けられる住宅”としての性能が問われる時代に入ります。
賃貸市場のリスク構造と課題
一方で、賃貸には根強い構造的課題も残ります。
まず「資産が積み上がらない」という金融的リスク。
そして、契約更新や原状回復に関わる不透明なコスト、さらに高齢期の入居難などです。
オーナー側の視点では、単身高齢者の孤独死や管理対応リスクを懸念するケースも増えています。
この課題を乗り越えるには、保証・見守り・備蓄スペースなどの付帯機能を組み込んだ新しい管理モデルが必要になります。
住宅事業者や管理会社にとって、今後の差別化ポイントは“防災・防犯・健康・持続可能性”の領域に広がっていくでしょう。
購入市場:資産形成から「資産運用」へ
購入の最大の価値は、住まいが資産として残ることです。
ただし、いまの市場では「所有=安定」とは言い切れません。
金利動向や中古市場の変化を踏まえ、“流動性のある資産”としての住宅をどう設計・販売するかが鍵になります。
具体的には、子育て期に郊外戸建を購入し、子の独立後に都心・駅近マンションへ住み替える“住まいのリレー”が現実的な選択肢になってきました。
ただし、同世代のみが集中するニュータウンや分譲地では、20〜30年後に世代更新が進まない“街の空洞化”が発生するリスクもあります。
街の世代構成・交通アクセス・地域資産を含めて“住宅の将来価値”を見極めることが求められます。
技術・制度・市場の交差点で起きる変化
ZEHや省エネ基準の強化、BIM・AIを用いた不動産評価など、
政策・技術・金融が連動する中で、住宅を「資産運用の一部」として管理する時代が到来しています。
金利についても、変動と固定のどちらが得かを単純に判断することは難しく、
FP領域の知見とライフプランを統合した提案が求められる段階に入っています。
また、設計・施工の段階で「性能と価値をどう担保するか」がより明確に問われています。
ユニバーサルデザイン、在宅医療対応、省エネ性能、空気環境など、
“健康・安全・持続性”を前提にした住宅が、次のスタンダードになるでしょう。
事業者への示唆:得の構造を再設計する
これからの住宅ビジネスは、「売る」から「選ばれる」へ。
消費者は“どんな得を得たいか”を明確に持ち始めています。
自由・安心・資産・健康——それぞれの価値をどのように設計し、商品・サービスに落とし込むか。
私たち事業者がやるべきことは、この“得の構造”を再設計することです。
賃貸も購入も、どちらかが正しいのではなく、それぞれが「異なる価値を提供する仕組み」になる。
この価値設計の再構築こそが、今後の市場で生き残る鍵になるはずです。
顧客は、家を建てられる会社を探しているわけではありません。
「家や不動産について、いつでも相談できる存在」が近くにあることを望んでいます。
そしてそれは、理念ではなく“仕組み”と“継続力”によってしか実現できません。
